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兵庫県・名所・見所 |
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北野町山本通(神戸市・異人街)概要: 安政4年(1858)、江戸幕府は黒船以来の外圧とアジア周辺諸国が次々に植民地化している現状から開国が迫られ、日米修好通商条約を締結、その後、オランダ、ロシア、イギリス、フランスと次々と条約を結び下田港・箱館港に加え、横浜港、長崎港、神戸港にそれらの船が入港することが可能となりました。幕府としては文化や仕来、法律上の違いから外国人と日本人の交流を出来るだけ少なくする為、外国人居留地を設けようとしましたが、様々な理由から計画が難航し現在の北野町山本通周辺にも外国人達の洋館を建てる事が許され日本人との雑居した地区となりました。当初は六甲山麓に位置する牧歌的な集落でしたが道路などのインフラが整備されると多くの人達が住むようになり、明治32年(1899)に神戸外国人居留地が日本に返還されると(全ての権限が移譲されたのは昭和17年)次第に居留地にいた外国人も北野町周辺に住まいを移す人が増え始めました。現在でも北野町山本通には数多くの異人館が残り旧トーマス住宅(風見鶏の館)と旧シャープ住宅(萌黄の館)が国指定重要文化財に指定されている他、旧ドレウェル邸(ラインの館)が国登録有形文化財に登録、異人館などの洋風建築34棟、明治末、昭和初期に建てられた和風建築7棟が伝統的建造物として特定され9.3(ha) が昭和55年に重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
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北野町山本通:異人街 |
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北野町山本通(神戸市):観光・見所 |
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