二村神社(味間) |
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[ 付近地図: 兵庫県篠山市 ]・[ 篠山市:歴史・観光・見所 ] |
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二村神社(味間)概要: 当地(味間)の二村神社の創建は文明14年(1482)、本社である二村神社で筆頭の座を巡り各集落の庄屋達が争いを起こした際、味間村の庄屋は神輿を強奪し、神輿を御神体とする二村神社を創建しました。当初は西古佐村に仮宮を設けていましたが、その後、改めて現在地に社殿が造営され御神体(神輿)を遷座し、仮宮の地は神輿谷と呼ばれるようになっています。八上城の城主波多野氏から崇敬庇護され社運う隆盛しましたが、天正7年(1579)明智光秀の丹波侵攻により波多野氏が滅ぶと衰微します(波多野秀治の遺児が二村神社を頼り味間村に身を隠したとも)。その後は味間地区7カ村の総社として篤く信仰されています。内には明暦2年(1656)に創建して波多野秀治を祀る御霊社が明治41年(1908)に合祀されています。本殿は一間社切妻造、妻入、正面1間軒唐破風向拝付。拝殿は入母屋、銅板葺、平入、桁行3間、梁間2間、正面1間軒唐破風向拝付、向拝木鼻には獅子と獏、欄間には龍、懸魚には鳳凰、妻面には獅子の彫刻。随身門(神社山門)は切妻、桟瓦葺、三間一戸、八脚単層門、随神像安置。神輿殿は入母屋、銅板葺、平入、桁行3間、梁間2間、内部には二村神社、住吉神社、大歳神社の神輿が安置。祭神:伊邪那岐命、伊邪那美命。
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