文保寺 |
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文保寺概要: 文保寺の創建は大化元年(645)、天竺から紫雲に乗り来日した法道仙人によって開かれたのが始まりとされます。仙人は自ら聖観世音菩薩像を彫り込むと七蔵伽藍を造営し本堂に安置しました。その後、承平天慶の乱の兵火により堂宇、記録、寺宝が焼失し衰退しましたが本尊である聖観世音菩薩像は近くの里に隠され無事でした。正和年間(1312〜17)、花園天皇の勅願により再興、新たに慈覚大師が彫り込んだとされる千手観世音菩薩像を本尊として迎え、聖観世音菩薩像も本堂に戻されました。当初は長流寺と称していましたが文保元年(1317)に一品親王から「文保寺」の勅額を賜り以後、松尾山文保寺と改めています。その後、寺運が隆盛し最盛期には21坊を擁する大寺として大きな影響力を持ちましたが、戦国時代の兵火により再び焼失し、その後、再興するも往時には届かず現在は3院(観明院、大勝院、真如院)を残すのみとなりました。現在の山門は天正年間(1573〜92)の兵火で焼失後再建されたもので、入母屋、銅板葺、三間一戸、楼門形式、その改修工事などが行われましたが室町時代後期の楼門建築で篠山市内でも最大規模を持つ貴重な建物として昭和47年に篠山市指定文化財に指定されています。
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